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◆オフ会のお知らせ ◆大阪遠征記 [煉瓦研究ネットワーク東京]

前回更新から1か月以上経過してしまいましたが、まだコメントやniceを頂いた方のところに訪問が済んでいないため、アップするのは如何なものかと思いつつ、大阪のオフ会にも参加させていただきましたので、ここで一度更新しておこうと思います。


◆オフ会のお知らせ

いきなりですが、11月28日火曜日に金沢のブロガーくまらさんが上京されるのに合わせて、オフ会を開催させていただきます。

場所は未定ですが、新橋か上野界隈で19時からやらせていただければと考えています。

ご参加いただける方は、左上のメールフォームから11月12日までにご連絡いただければと思います。


◆大阪遠征

10月27日大阪は淀屋橋で防災に関する企業向けの個別相談会を開催しました。10時から5社の予約を頂き夕方までぴっちりとお話しをさせていただきました。最近月1~2回ほど講演をさせていただき、そこそこ忙しく、また楽しいひと時を過ごしております。

当日朝は、東京駅始発ののぞみ1号で大阪に向かい、新大阪には8時20分に到着。10時からの個別相談会にはまだ時間があると思い、その前に一仕事・・・大坂城にほど近い玉造稲荷神社にお邪魔しました。

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大坂城三の丸に位置し、大坂城の鎮守社として豊臣家から篤い崇拝を受けた由緒ある神社です。

ここはまた、縁結びでも有名でも有名ですね。

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しかし今回の目的はこちら!!

神社西側に煉瓦塀が残っています。

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ざっと外観を観察すると、長手積みで積まれていて、神社側はコンクリートで表面が塗られているため、煉瓦塀であることが判りません。

神社外側に回ると、この通りで目地の仕上げもなく、人目に触れることを想定していないような雑な造りになっています。

次の写真を見ると、煉瓦の長手に縦に縞模様が付いている煉瓦がたくさんあるのがお判りでしょうか?

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これは、焼くときに窯の中に煉瓦を積み上げて並べたためにできた痕です。

煉瓦の大きさは、東京煉瓦(後の標準的なサイズ)よりやや大きめの山陽煉瓦が使われていることから明治半ばくらいまでに焼かれた煉瓦かと思います。

宮司さんは、「本殿は明治4年に建て替えられているので、その時に造られたものかもしれない。」と仰っていましたが、それよりも後の時代だと思います。

地域の歴史を調べると明治42年7月に大阪北部を中心に1.2㎢が焼失してしまった「キタの大火」があったことから、防火壁として煉瓦塀を築いたとも考えられるのではないでしょうか。
ただ、防火壁であるとするならば高さ1.5m程度しかないため、少し低いですね。


さてさて、わざわざここまで見に来たのには、理由があります。
Instagramにこの煉瓦塀をアップされたのを見て、刻印のことを伺ったところ、聞いたことのないものだったので、どうしても自分の目で確かめたくて見に来た次第です。

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これは、非常に珍しい刻印です。
上部中央に右から『大日本』と記されていて、中ほどには左から『BC』に続いて中央に長方形の棒を三本、三角形に配しています。そしてその右側には『HJ』と記されています。

刻印のあるところは、全体的にすり鉢状に掘り下げられていて、左右には直径1.5cm程度の円形が2個づつあります。外側が凹、内側は凸のように見えますね。

この円形は、あたかもプラスチック製品を成形するときの原料を注入するランナーのようです。
まさか煉瓦製造で、プラスチック成型のように粘土を型枠に射出成型したとは思えませんが。
詳細は現在調査中です。何かわかれば、またご報告させていただきます。


気が付くとなんと10時からの相談会に、もう30分切っているではありませんか。
いったいここから淀屋橋までどうやって行くんだ?????
公共交通機関では30分では着かないようだったので、タクシーのお世話になりました。

無事相談会が終わり、オフ会まで時間があったので、今度は天満橋まで移動して、大阪城公園へと向かいました。

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大坂城は、夕日に映えて黄金に輝いています。天満橋から大坂城を目指して正解でした(^^)
・・・が、大坂城を見に来たわけではありません。

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大坂城は明治以降大阪砲兵工廠のあった場所で、その遺構がいくつか残っています。

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しかしゆっくり見ているまもなく日はどんどん暮れていき、オフ会の時間が迫ってきたため、途中でオフ会の会場へと移動です。

台風22号が近づいているとは思えない素敵な夕焼けを愛でながら、歩みを早めました。

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オフ会は、心斎橋にあるイタリアンのお店!!
いやー、おいしいものを囲んで、楽しいお話しで盛り上がり、あっという間に時間は過ぎていきます。

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参加された皆様から素敵なお土産をたくさんいただきました。
ありがとうございました。

翌日は、当初泉佐野でサバイバルセミナーをやらせていただく予定だったのですが、学校が登校日になってしまったため、延期となりました。
そこで来年1月に豊中市でやらせていただく防災の講演の打ち合わせに向かいました。
その途中こんなところでお参り!

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もうお分かりですね。
お初天神・・・なんとここも縁結びで有名な天神様です。

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今回の大阪遠征では、縁結びの神様のはしごをさせていただきました。

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さてさて最後になりましたが、27日に発売になった『男の隠れ家12月号』にちょこっと取り上げていただきました。よろしかったら、本屋さんで立ち読みしてみてください。
ジープが大好き! 理屈ではありません(^^)

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☆台風18号 ☆そしてさよなら駅長 [カレーショップナイアガラ]

せめて月1回は更新しようと思うのですが、中々更新もままならず前回の更新から2カ月も経ってしまいましたね。

このブログのテーマである坂の話や、3月に煉瓦を求めて和歌山まで行った時の話などアップしたいのですが、資料を調べ始めたら、底なし沼にはまってしまいました(^^;)


そこで、この連休に日本列島を駆け抜けた台風18号と、YouTubeにアップして大好評を頂いているナイアガラ駅長の一生を振り返った動画をアップします。


☆台風18号

さて、この記事を書いている9月18日22時30分現在、九州から北海道まで大きな被害をもたらした台風18号は、ようやく温帯低気圧に変わったようですが、『台風18号』には注意が必要です。

過去『台風18号』は日本列島に大きな被害をもたらしてきました。

なんと九州、四国、本州、北海道それぞれに上陸したのは、統計史上初の事です!

戦後に大きな被害をもたらした『台風18号』を取り上げると、その多さに驚かされます。

 ◆1961年(昭和36年)台風18号・・・第二室戸台風
  アメリカ海軍による飛行機観測では、中心気圧888hPaが観測され最大風速を100mと測定したほどの大きな台風で、大阪を中心に非常に大きな被害をもたらしました。

 ◆1966年(昭和41年』台風18号・・・第二宮古島台風
  宮古島で観測した最大瞬間風速85.3m/sは、日本の観測史上最大の記録です。
  私が沖縄に暮らしていた時にも台風による最大瞬間風速82mを経験していますが、街中あちこちのコンクリート製の電信柱が風で折れていました。

 ◆2004年(平成16年)台風18号・・・songda(ソングダー)
  沖縄から九州、中国、東北、北海道を蹂躙し、のちに激甚災害に指定された台風です。

 ◆2013年(平成25年)台風18号・・・man-yi(マンニイ)
  全国各地に大きな被害をもたらしましたが、特に京都市内では桂川が氾濫するなど、記憶に新しいと思います。

時期的に『18号』が日本列島にやってくるのが、9月に入ってからであり、この時期の台風を往々にして日本列島に大きな被害をもたらします。


☆さよなら駅長

さてそこで先日作ったナイアガラ駅長のスライドをアップします。

感想など頂けると幸いです。



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◆ほおずき市 ◆災害に対する備え・・・追記あり [防災・減災シリーズ]

◆ほおずき市 (再掲)

 今年もほおずき市の季節がやってきた。

 ほおずき・・・漢字で書くと『鬼灯』と書く。

 ほおずきの果実を死者の霊を導く提灯に見立てて、盆棚に飾る風習があることから、『鬼灯』と書くのだろうか?

5ほおずき.jpg

 7月の上旬には日本各地でほおずき市が開かれるが、その中でも有名な浅草寺のほおずき市は、一際多くの人々が詰めかける。

 この浅草寺のほおずき市にお参りすると、一日お参りしただけで、なんと四万六千日(しまんろくせんにち)お参りしたのと同じだけのご利益を受けることができるといわれている。四万六千日というと、実に126年を超える。

3ほおずき.jpg 浅草寺では室町時代から月に1回の『功徳日』を設けて、この日にお参りすると百日分のご利益を頂けるとされてきた。中でも7月10日は特別で、千日分のご利益を頂けることから『千日詣』と呼ばれた。これが江戸も半ばの享保年間になると千日どころか『四万六千日』のご利益を頂けると言われるようになった。

 四万六千日は、関西方面では8月10日とするところが多いようだが、関東では7月10日とするところが多い。

 一方ほおずき市の始まりは、港区は芝にある愛宕神社の縁日に始まったと言われている。ほおずきは、煎じて飲むと子どもの癇の虫や女性の癪に効くといわれていたことから、縁日でお祓いを受けたほおずきを売るようになった。

 愛宕神社の縁日を、浅草観音様の功徳日にあやかって『四万六千日』と呼んでいたが、四万六千日だったら浅草寺だろうということで、浅草寺境内でもほおずき市が開かれるようになり、いつしか愛宕神社より有名になったという。

 私もこの御利益を得たいと思い、久しぶりにぶらっと浅草に出かけた。

仲見世から宝蔵門に続く参道にはびっしりほおずきを売る店が立ち並んでいる。店の前では、手ぬぐいを棒に巻いて髪をアップにまとめた頭に載せ、黒い前垂れをしているいなせなお姉さんが両手にほおずきの鉢を持って、行き交う人々に声をかけている。売られている鉢には、青い実が多いが、中には綺麗な橙色に染まった実が付

いていたり、緑から橙色のグラデーションになっている実がついている。子どもの頃は、この実で音を鳴らしたものだ。

 そして、一つひとつの鉢には、かわいらしい江戸風鈴が付いていて、夏の風情を盛り立てていた。

 『四万六千日』の由来は定かではない。人間の生物学的な寿命は126歳といわれていることが、この『四万六千日』と一緒であることは、単なる偶然とは思えない。

 米1升が、米粒4万6000粒あることから、米1升を人間の一生にかけているとも言われている。

 何はともあれ、室町時代から続いてきたこの功徳の日『四万六千日』、日本のすばらしい伝統をいつまでも守り伝えたいものだ。



◆水害

今年は九州北部をはじめ各地で大雨による甚大な被害がでた。被災された方々には心からお見舞い申し上げたい。

首都圏においても、一昨年の2015年9月には、鬼怒川の堤防が決壊し甚大な被害が発生したが、すでにその記憶は薄れ、危機意識は継承されていない。

昨年は茨城県常総市で堤防が決壊し、大きな被害がでた。その際人口8万人の常総市で1300人もの人々が自衛隊などのヘリコプターで救助された。

もしこれが東京東部の河川の堤防が決壊した場合はどうなるのだろうか。

内閣府中央防災会議が行った『首都圏の大規模水害における被害想定をご覧いただきたい。

水害.jpg

(→http://www.bousai.go.jp/fusuigai/pdf/higaisoutei_gaiyou.pdf

右上の荒川右岸低地氾濫の被害想定は、北区の赤羽付近で荒川右岸の堤防が決壊したことを想定している。

浸水域には120万人の人々が暮らすが、その人たちをヘリコプターで救助するとなるといったいどれだけの資材と時間がかかるのか・・・

 

これは余談だが、荒川と隅田川の堤防は、右岸(海に向かって右手が右岸、左手が左岸)と左岸で高さが違うのをご存じだろうか?

実は西側の右岸(都心側)が、東側の左岸より1.5m高くなっているのだ。

つまり、川の水があふれるときは、東側に流れ出して、都心を守るように『設計』されているのである。

荒川左岸の足立区、墨田区、江東区の方々は、より水害にたいしても『そなえ』て欲しいものである。


◆地震

以前からこの場でも「日本は地震の活動期に入っている」という事を述べてきたが、ここにきてさらにその勢いを増している。次の表は、以前にもご紹介した10年毎の震度5弱以上の地震の発生回数を数えたものだ。

すでに今年に入ってから震度5弱が3回、震度5強が3回、合計6回も発生していて、この表のデータを更新するのが忙しいくらいだ。

震度回数表.jpg

21世紀に入り、近代日本において未だかつて経験をしたことのない地震の活動期に入っている。

一人でも多くの人に、自分の命を守る、そして家族の命を守る術を身につけて、備えて欲しいものである。



◆7月には神奈川県開成町で町民向けに防災・減災の講演をさせていただく。2017.01.20親子防災教室blog.jpg

また、8月には泉佐野市で2回サバイバルに関する講演をさせていただく。

 

東京でも9月に23区内の某所で講演させていただく予定だ。詳細が決まり次第、またご案内させていただく。

 

講演で、「防災力」は「想像力」だとよくお話しをしている。

人間はいざという時に自分の理解を越えた事態に遭遇すると凍り付いてしまい、すぐに行動を起こせる人はいない。

自分がおかれた状況を瞬時に分析し、身を守る行動を起こすには、普段から「この場で地震があったら、あるいは、火災にあったら、あるいは、大雨がふったら、どのような状態におかれるのか」を想像し、それに対してどのような行動をとれば最善なのかをシミュレーションすることが大切だ。

 

日ごろからそのような訓練をしておくことによって、いざという時に自身の、そして大切な家族の命を守ることができる。

 

【追記】

右のチラシが3月に実施したものでした。

失礼しました。改めめて、以下に今回のチラシを貼り付けます。

既に定員を上回る申し込みをいただいているようです。

ご興味があれば、「いずみさの女性センター」さんまでお問い合わせください。


チラシ2.jpg

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【5/23追記】◆2017 BBQ最終案内 ◆面白アプリで加工した写真 [日常の中の出来事]

【5/23追記】
心配されていたお天気ですが、いろいろな天気予報サイトを確認すると[晴れ][曇り]のマークで最高気温はさほど高くないことから、絶好のBBQ日和になるようですね。

お子様の人数も入れると、24人となりました。
多少の人数が増えるのは問題ないので、もし当日でも気が向いたら、お越しください。
新宿から京王線の特急に乗ると30分ちょっとで高幡不動に着きます。
高幡不動からは、以下のリンクをご覧いただければ迷わず来られると思います。

なお当日の急なご連絡はメールフォームからご連絡いただいた皆様には私の連絡先の番号をご連絡いたします。
・・・・追記以上


前回の記事でもご紹介しましたが、今年は、5月28日日曜日に毎年恒例の高幡不動駅近くの浅川ふれあい橋たもとでやらせていただきます。

週間天気予報が出ましたが、[雨]マークがでていますね(^^;

まぁ、多少の雨であれば橋の下でできると思いますので、やりたいと思います。

(河川敷か、あるいは河川敷北側の空き地のどちらかでやります。当日の現場の状況次第で決めたいと思います。)

?

ふれあい橋までの道順は、次の記事をご参考になさってください。

http://kotarobs.blog.so-net.ne.jp/2012-05-04


☆彡 時間は、11時から15時くらいまでを予定しています。

準備のお手伝いをしていただける方は、10時くらいに来ていただければ幸いです。


☆彡 参加希望の方は、左上のメールフォーム、もしくはコメント欄からお知らせください。

参加費は大人1500円、中学生以下無料

毎年のように食材は用意しますので、飲み物はお好きなものをご持参ください。

?

参加表明いただいた方々は次の通りです(以下順不同)。

馬爺さん えーちゃんさん 昆野誠吾さん親子 さる1号さん 空のれいさん 多摩湖の親子さん ちょいのりさん ちょろっとぶぅさん 美美さん chibidoraさん habatanさんとお友達 kenjpさん kinkinさん kiyoさん koh925さん parasolpineさん suzuran6さん YUTAじいさん 駅員3

 

さて写真が何もないと寂しいので、最近はまっているものをご紹介しましょう。

これが普通の写真ですが・・・

子供広場.jpg

ちょっとアプリで加工すると・・・

子供広場c.jpg

?

これも普通の画像です。

昭和記念公園.jpg

ちょっと空間を捻じ曲げて、中心に地球の画像をはめこんでみると・・・

昭和記念公園c.jpg

ここまでは普通の写真でしたが、パノラマ写真を加工してみると

日比谷公園c2.jpg

捻じ曲げ方をぐるっとひっくり返してみると

日比谷公園c1.jpg

さらに次の写真は360度画像です

友が島.jpg

これをぐるっと捻じ曲げてみると

友が島c.jpg

最後に乗鞍の標高2千数百メートルから眺めた北アルプスの山々のパノラマ写真を加工してみました。

乗鞍c1.jpg

いかがだったでしょうか。

アクションカメラも面白いし、こんな加工のできるアプリも楽しいですね。

そうそう、君の名は風に加工できるアプリにもはまっています(^^)

四ツ谷.jpg

ここは、ラストシーンで感動的な出会いをするところですね。

この近くに非常興味深い煉瓦があって、煉瓦を眺めていたら、ただの階段に妙に人だかりができているので、坂道フリークでもある僕は「あなた方は『階段』、あるいは『坂道』好きなんですか?」と聞いたら、なんと「『君の名は』の聖地巡礼です。僕は青森からきました。」「私は福島です。」という答えが返ってきてビックリでした(^^;っっ

そしてあらためて、撮った写真が上の写真です。

実はこの左手にある神社の北側に江戸時代に築造された高さ20mくらいの石積みの擁壁があるのですが、ここも非常に興味深いものがあります。・・・・おっとここら辺でやめておかないと、筆が止まらなくなります(^^;

ここの擁壁については後日改めて・・・・書く機会があるかなぁ・・・・っっ

 

◆BBQのお知らせ ◆東京湾要塞の一翼を担う千代ケ崎砲台3 [煉瓦研究ネットワーク東京]

駅長の旅立ちに際して、多くの方々から心温まるコメントをいただき、まことにありがとうございました。


◆ご連絡

☆彡 皆様方から「今年のBBQはいつやるんだ??」とのご質問をいただいております。

アップが遅くなり申し訳ありません、今年は、5月28日日曜日に毎年恒例の高幡不動駅近くの浅川ふれあい橋たもとでやらせていただきます。

(河川敷か、あるいは河川敷北側の空き地のどちらかでやります。当日の現場の状況次第で決めたいと思います。

 

ふれあい橋までの道順は、次の記事をご参考になさってください。

http://kotarobs.blog.so-net.ne.jp/2012-05-04


☆彡 時間は、11時から15時くらいまでを予定しています。

準備のお手伝いをしていただける方は、10時くらいに来ていただければ幸いです。


☆彡 参加希望の方は、左上のメールフォーム、もしくはコメント欄からお知らせください。

参加費は大人1500円、中学生以下無料

毎年のように食材は用意しますので、飲み物はお好きなものをご持参ください。


◆近況

多くの方にご訪問いただき、niceやコメントありがとうございます。

相変わらずの更新頻度ですが、ご訪問いただいた皆様のところには毎日少しづつではありますが、お邪魔させていただいております。


3月の泉佐野での親子防災教室「ボーイスカウト流サバイバル術」はキャンセル待ちがでるほどの大盛況で、参加された皆様にはご満足いただけたのではないかと思います。

地元のローカルテレビでも当日の様子を放映していただき、ご覧になられた方も多いのではないかと思います。

また8月に親子防災教室の開催のリクエストをいただき、準備中です。


◆煉瓦

さて、ここからが本題です。

100千代ケ崎砲台配置図.jpg今まで2回にわたって千代ケ崎砲台の様子をアップしてきましたが、今回はいよいよ最終回となります。

棲息掩蔽部を出て一度柵門まで戻ると、左手から(配置図上では上から右側に回り込んで)砲台上部へと向かいます。

この日は抜けるような青空でお日様が照り付けて、記録写真を撮るには陰影が強すぎて苦労しました。

配置図をご覧いただくと、上から第三砲座、第二砲座、第一砲座と3基6門の砲座があります。

現在の第三砲座は、昔自衛隊の手により埋め立てられていて、平坦な土地となっています。

115塁道入口.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年度横須賀市教育委員会さんでは、この埋め立てられた第三砲座の発掘を計画されています。


第二砲座は、一度埋め戻されましたが、再度掘り出されたため、よく見ると土手下の笠石があちこちで崩れています。

137第二砲座2.jpg

第一砲座は、幸いに埋め戻されることがなかったため、保存状態は良好です。

前回アップした砲座の写真は高塁道(砲座と砲座を結ぶ隧道)から第一砲座を撮ったものです(次の写真は再掲)。

128第一砲座2.jpg
次の写真は、上部に写っている隧道が砲座と砲座を結ぶ高塁道で、上の写真は、この隧道の入り口から撮ったものです。
128第一砲座4.jpg
次の写真は砲座の中から高塁道の入り口を振り返ったところです。
128第一砲座.jpg

 

砲座の周辺にはアーチ型のへこみがありますが、ここは弾薬庫から引き揚げた砲弾を並べるロッカーの役割を果たしていました。これは大小の違いがありますが、友が島の観測所にも見ることができました。

 

両翼観測所と砲座の間は土管を埋設して伝声管としていました。

次の写真は砲座からみた伝声管の内部です。

129第一砲座伝声管.jpg

 

千代ケ崎を訪れた日はとてもお天気がよく、西を見ると富士山が綺麗に見えていました。

きっと、明治の世にこの砲台に配属された兵士たちも同じ風景を観ていたのでしょうね。

富士山2.jpg


東に目を転じると、浦賀水道を行き交う大型船がおもちゃの船のようで、手を伸ばせば掴めるように観えます。(千代ケ崎から房総半島を望んだちょうどいい写真がなかったので、浦賀の渡しの写真でごまかします(^^;;っっ)

101浦賀の渡し.jpg

そして海の向こうには房総の山々が一望できて、昔と変わらぬであろう風景に見とれてしまいます。

 

目を近くに転じると、冒頭の配置図の右下外側に位置する場所に地下施設の排気口が見えています。

煙突のように高さ2mくらいのコンクリートの平べったい枡状のものが建っていますが、これは本来上部のみが地上に出ているものです。おそらく周辺の地面を切り取って整地したため、本来地下に埋められていた部分が露出したのでしょう。

139地下施設外部排気口.jpg

ここには陸正面砲台(浦賀湾、久里浜に上陸してくる敵に対する防御を目的とし、臼砲、カノン砲、機関銃座からなる)の棲息掩蔽部、あるいは弾薬庫があるものと思いますが未確認です。

ちなみに今まで紹介した第一砲座から第三砲座は、浦賀水道に侵入してくる敵艦船からの防御が目的で、海正面砲台と言います。


次の排気口の写真は紀淡海峡にある由良要塞の深山砲台の換気口です。

夏島砲台にあるものも、ここ千代ケ崎砲台にあるものもほぼ同一の作りをしています。

 

換気口地上部2.jpg
次の写真は、内部の吸気口になります。この写真も深山砲台のものを掲載させていただきました。
換気口吸気部2.jpg

このほか丸い形状で土管のようなものが地上まで伸びているものもあり、猿島や友が島、深山にもありました。

おそらく、築造年代の違いなのでしょう。

 

冒頭の配置図を下の方まで進むと、地図の外側に小さな谷を挟んで向かいの小山にも煉瓦の隧道が見えます。ここが右翼観測所です。

138右翼観測所地下入口2.jpg

 

138右翼観測所地下入口.jpg

 

ここでも焼き過ぎ煉瓦を45度の角度に配置されていることが確認できます。
次の写真は、右翼観測所の主観測所(写真左)と、補助観測所(写真右)です。

2017.05.02右翼観測所 (1).jpg

写真出典 近代築城遺跡研究会編 (由良要塞Ⅱ26ページ))

 

ここ千代ケ崎砲台の左翼観測所は、配置図をご覧いただくと第三砲座の上に、地下に配置された『左翼観測所附属室』が記されていますが、観測所本体は、残念ながら原型をとどめていません。


さて、3回にわたって東京湾要塞の一翼を担う『千代ケ崎砲台』をご紹介してきましだか、如何だったでしょうか?

千代ケ崎砲台の特徴をあげるとすれば、以下の三点でしょう。、

 1.焼過煉瓦の使い方

   棲息掩蔽部の正面外壁は、焼過煉瓦を使って雨水や湿気の侵入を防いでいる

   隧道入口などに焼過煉瓦をななめ45度の二等辺三角形のように積んで、対候性を増している

 2.ねじりまんぽ(斜架拱)が使われている

   隧道に斜めに交差する出入り口3か所に東京近郊では初めて確認されたねじりまんぽの技法が使われている

 3.要塞築城技法後期の特徴

   要塞築城技法は『砲台築設要領』に基づき築かれていますが、その要領の書かれた明治10年代(猿島砲台がこれに属します)の前期、改訂された明治20年代前半(夏島砲台がこれに属します)の中期、そしてさらに改訂された明治20年代後半の後期の三期に分類されますが、ここ千代ケ崎砲台は後期の特徴をよく表しているように思います。


次回は、いよいよ紀淡海峡(紀伊半島と四国の間)を守る由良要塞についてご紹介させていただきます。

一足早く写真を数枚アップさせていただきましたが、もうここはおそらく何回いっても興味が尽きることはないと思います。

今まで東京湾要塞の『猿島砲台』、『夏島砲台(非公開)』、そしてここ『千代ケ崎砲台(非公開)』について学んできました。

その後で、由良要塞の本土側にある『深山第一、第二砲台』、さらには海を渡って『友ヶ島砲台』を巡ると、東京湾要塞と由良要塞の様々な共通点や相違点など、非常に興味深く見て回ることができました。お読みいただく皆様も、次回以降の記事と今回の千代ケ崎砲台の記事を比較してご覧いただくと、面白いかと思います。

 

由良要塞にいったおかげで、横須賀にも再び確認したい事項が出てきました。
なんとか近日中に和歌山で見たことを確認するために、横須賀観音崎砲台に訪れたいと切に願っているのですが・・・いつになことやら(^^;;


昨年5月に友ヶ島に念願の初上陸を果たしたわけですが、今振り返ってみるとなんの準備もしていなかったため、非常に多くの見落としがありました。

今回はその見落としを補完すべく訪問したものの、ちょっとしたハプニングなどあり、あと数回は訪問させていただきたいと考えております


乞うご期待(^_-)/

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