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東京の坂と橋 番外編60 羽村山口軽便鉄道6 6号隧道付近 [東京の坂と橋]

いよいよ羽村山口軽便鉄道も6回目を数えることとなった。
今までの記事は次のリンクを参照されたい。
 ⇒羽村山口軽便鉄道
 ⇒羽村山口軽便鉄道2
 ⇒羽村山口軽便鉄道3
 ⇒羽村山口軽便鉄道4
 ⇒羽村山口軽便鉄道5

いよいよ羽村の取水堰から走ってきた軽便鉄道の旅も終盤だ。
実はこの先、山口貯水池(狭山湖)で終点・・・ではない。
この先二つの分岐を持っていて、一つは村山貯水池(多摩湖)の堰堤へ、もう一つは、山口貯水池(狭山湖)の手前から、今は無い西武線の上山口駅までの支線があるのだが、この事実はあまり知られていない。

その支線については、次回にゆずり、6号隧道手前から、山口貯水池までを取り上げたい。
まずは、線路の跡を地図で追ってみよう。


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今回はほとんど写真の羅列になってしまうことをお許し頂きたい。
羽村からの導水管の放出口から多摩湖北岸沿いに廃線跡は続く。

おそらく多摩湖の管理用通路として利用されているのだろう、5号隧道を抜けて放出口までの藪のような状態にはなっていない。
5号隧道から放出口までは、この冬の時期だからこそ、楽に藪こぎはできるが、夏ともなれば大変だろう。
おそらく山刀で道を切り開かなければ歩けないくらいの藪になると思われる。

玉湖神社のすぐ西側までは、水道用地として立ち入りが制限されているが、多摩湖神社の湖側数百メートルは、水道用地を隔てるフェンスの外側を廃線後が続く。
次の写真は、西から続いてくる路盤の跡だ。

狭山富士麓.jpg

狭山富士の中腹から見下ろしたところで、写真右手が5号隧道方向だ。
下のフェンスの入り口から見るとこんな感じに見える。

狭山富士麓3.jpg

ここで、『狭山富士』とはなんだうか。
湖の南側には、谷津仙元神社があって、富士塚があることをご紹介したが、ここは富士山そのものを模して作られた小高い山だ。

この山は東大和市の資料によれば、地元の人たちからは『ドロップジ』(泥富士のことだろうか)と呼ばれることが多いという。
1933年(昭和8年)に作られ、当初は頂上から7合目くらいまで雪があるようにコンクリートで固められていたという。
次の写真は、1934年(昭和9年)の東京市役所発刊の山口貯水池小誌に掲載されている写真だ。

DVC00066.JPG

出来るだけ同じような角度になるように撮った写真が次のものだ。

狭山富士麓7.jpg

階段と、その左手にある石により、かろうじて同じ場所であることがわかる。
数年前は、もっと鬱蒼と木が生い茂っていて、形もわからないほどであった。

重機を使わずトロッコで泥を運んで築き上げたため時間がかかったという。ドロップジという通称名は、こんなところからきているのかもしれない[ひらめき]
完成当時は、淀橋にあったガスタンクから国会議事堂まで見渡せたという。

DVC00030.JPG

いまでも頂上付近にコンクリートの塊が散在しているが、谷津仙元神社のように神様をお祀りはされていない。

狭山富士麓8.jpg

次の写真は谷津仙元神社の富士塚の頂上に安置されているもの。

谷津仙元神社8.jpg

この富士塚の東側には『玉湖神社』がある。
これは、「たまこじんじゃ」と呼ぶのではなく、「たまうみじんじゃ」と呼ぶ。

玉湖神社4.jpg

この建物は、明治神宮を造営した大江新太郎の設計によるもので、鉄筋コンクリート製だ。

玉湖神社3.jpg

竣工は1934年(昭和9年)12月20日で、祭神は大山津見命(山の神)と、弥都波能売命(水の神)である。

当時は、村山貯水池、山口貯水池が完成し、観光地として注目を浴び始めた時期でもあり、府社として神域10万坪という構想もあったが、社格を得ることが出来ず、水道区域内の境内社となった。

玉湖神社.jpg

境内内には、1945年(昭和20年)に東京都水道局が設置した殉職者の碑が二つ並んでいる。

玉湖神社2.jpg

祭礼は毎年5月11日で、芸能人を招いたり、俳句会、菊花展など戦後まで盛大に続いた。
しかしながら、「東京都の施設内に都の設置した神社」という点が問題となり、1967年(昭和42年)にみたま遷しが行なわれ、神社は空き家となった。

この神社の南側(湖側)を廃線跡は続く。
次の写真は、東側から5号隧道方向をみたところ。
正面突き当りのフェンスが、前掲写真のカギのかかっているフェンスの門だ。

狭山富士麓5.jpg

神社下の廃線跡に向かう途中には、このような遺構があるが、軽便鉄道と何か関係のあるものだろうか。

狭山富士麓4.jpg

このフェンスに沿って左手に廃線跡は続いていく。
次の写真で本線は左手に進むが、右手に新たに道が続いているのが、村山貯水池堰堤に向かう支線だ。

狭山富士麓6.jpg

次の写真の手前の橋は、多摩湖自転車道の橋で、その奥のトンネルの上が車道になっている。

6号隧道.jpg

普段気がつかず走っている方が大多数だろうが、実はその下を廃線跡が今でもひっそりとたたずんでいる。

6号隧道2.jpg

トンネルの上はこのようになっている。

6号隧道3.jpg

反対側にまわってみてみると次の写真のようになっている。
トンネルの上には車道のガードレールが見えている。

6号隧道4.jpg

この後廃線跡は、山口貯水池の堰堤に向かって車道脇を走っていく。
次の写真は、山口貯水池方向から6号隧道方向を見たところ。

6号隧道5.jpg

道路を挟んで反対側に西武山口線(おとぎ電車 廃線済)が走っていた。

やっと到着した山口貯水池入り口。
さらに堰堤へと続く。

狭山湖.jpg

狭山湖2.jpg

現在の堰堤は、上の写真のようになっているが、工事中はこのようになっていた。

DVC00009.JPG
(武蔵村山市教育委員会作成の資料より)

堰堤から貯水池を眺めると、昔と変わらず取水塔が静かにたたずんでいた。
本日渾身の一枚[カメラ]

狭山湖3.jpg

別の角度からとるとこのような感じだ。

狭山湖4.jpg

DVC00006.JPG
(貯水池に掲出されている写真より)

次回は、二つの支線の経路と、受け持った役割について述べたい。
そしてその次は、東村山から村山貯水池までの東京市軽便鉄道の廃線跡について追ってみたい。


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コメント 13

BPノスタルジックカーショー

おはようございます。

時間の流れを感じますね。
by BPノスタルジックカーショー (2010-02-24 05:16) 

シンシン。

先日はブログに
お祝いのお言葉をありがとうございました <(_ _)>
by シンシン。 (2010-02-24 06:49) 

水郷楽人

廃線跡めぐりですか。水郷も時々廃線跡を巡るときがあります。面白いですね。
by 水郷楽人 (2010-02-24 07:53) 

emu310

凄い調査が続きますね。
おとぎ電車、懐かしく思い出しました。子供だけ乗せました。失敗。

by emu310 (2010-02-24 08:10) 

manamana

もう一度、ここにレールを敷いて、
列車を走らせてみたいものです。
by manamana (2010-02-24 10:47) 

koh925

前回の記事に寄せて頂いた、今までに行かれた坂の記録
すべて拝見しました・・・正直驚きです
用意周到な調査(今昔地図、高低差、距離など)にも驚きました、
こんにゃく閻魔堂も拝見、私が回った坂道にも行かれていますね

私は、車の運転が出来ませんので、駅から駅へと歩きまわる
それこそ、坂道散歩になりますが
本郷方面など、これから歩く予定の坂道散歩の参考しさせて貰います
有難うございました

by koh925 (2010-02-24 13:33) 

駅員3

xml_xslさん、@ミックさん、鉄腕原子さん、paceさん、toshiroさん、umi37-さん、ガンバルおやじさん、BPノスタルジックカーショーさん、シンシン。さん、いわもっちさん、みたやんさん、isana88さん、水郷楽人さん、emu310さん、八丁堀さん、Krauseさん、けーたんさん、sonicさん、genさん、キャラハンさん、enosanさん、篠田誠さん、官兵衛さん、くまらさん、takemoviesさん、dekoさん、manamanaさん、お茶屋さん、jun-arさん、トメサンさん、koh925さん、空楽さん、カリヤンさん、CASCO事業部さん、ほりけんさん、広島ピアノさん、小父蔵さん、qoo2qooさん、nitton2さん、masskingさん、sora38さん、uminokodomoさん、タケルさん、STEALTHさん、ねねさん、めもてるさん、Lucifer_yoshiさん、リンさん、花乃子さん、ryonさん、404さん、かずのこさん、HALさん、sony_type-rさん、したくさん、ぷーちゃんさん、ばぁどちっくさん、abikaさん、gyaroさん、単騎さん、タイドマンさん、gardenmwalkerさん、こんばんは。
ご訪問と、niceありがとうございます。

⇒BPノスタルジックカーショーさん
そうですね。これはノスタルジックカーにもいえますね。

⇒シンシン。さん
ご丁寧にありがとうございます。
これからも楽しませさて頂きます。

⇒水郷楽人さん
お近くに廃線跡はあるのでしょうか。
うちの回りにある廃線跡はほとんどが多摩川から採取した砂利を都心に運ぶための線路です。

⇒emu310さん
現在昔のおとぎ電車など写真を捜索中です。

⇒manamanaさん
そうですよね。せめて、水道局の敷地内だけでも走らせてくれれば、きっと多くの人が来るでしょうね。

⇒koh925さん
ありがとうございます。
これからkoh925さんが回られる坂の参考になれば幸いです。
私も実はほとんどが歩きで回っています。
自動車では、見えているものも見えなくなってしまい、発見が少なくなりますね。
by 駅員3 (2010-02-25 00:01) 

schnitzer

廃線跡、意外としっかり残っているのですね。
おとぎ電車の写真を楽しみにしております。
子供の頃、遠足で乗った覚えが…
かなり昔のことなので良く覚えていないんですけどね(笑)
by schnitzer (2010-02-25 01:03) 

空兵ーS

歴史もさることながら
冬枯れの風景写真が
印象的でした。
by 空兵ーS (2010-02-25 22:57) 

駅員3

schnitzerさん、goshinさん、風の子さん、さくら君さん、ナカムラさん、yutakamiさん、空平-Sさん、さといも野郎さん、こんばんは。
ご訪問と、niceありがとうございます。

⇒schnitzerさん
ただいま昔撮ったおとぎ電車の写真捜索中です。でてきたら、其のうちアップしますね(^_-)/

⇒空平-Sさん
ここら辺は、東京都といってもかなり自然が豊かな地域で、南側の東大和市、武蔵村山市はのどかな田園風景がまだ残っています。
by 駅員3 (2010-02-26 00:32) 

sak

ここに列車が走っていたのですね
昔の様子を想像しながら歩くと楽しそうですね
by sak (2010-02-26 16:00) 

kiyotime

おとぎ電車と軽便鉄道のコラボもあったのでしょうか、、
時代が違うのかな?? 次回が楽しみです。
by kiyotime (2010-02-27 02:13) 

hanasaka-tohsan

羽村山口軽便鉄道6編すべて読ませていただきました。この鉄道のことが本当によく分かりました。勉強になりました。ありがとうございます。
by hanasaka-tohsan (2012-10-31 15:51) 

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