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BBQのお知らせ [日常の中の出来事]

今年もこの季節になってきました。

多くの方々から「今年はいつだ?」とのお声がけをいただき、今年もやります(^^)/


◆日時 5月19日土曜日

    11時00分~15時00分

    10時くらいから準備はじめます!!

◆場所 いつもの高幡不動ふれあい橋下

           会場への道順は次の記事を参考にしてください。


◆会費 中学生以上1500円

◆申し込みは上部左のメールフォームからご連絡ください。


昔の記事をさかのぼっていくと、2012年に「駅員3のBBQマル秘テクニック公開」が最初かな!?



時が経つのは早いもので、自分自身にもいろいろな変化がありました。

年を経るごとにのんびりできると思っていたら、人生の中で一二を争う忙しさの毎日です。

前回もご報告しましたが、昨秋くらいから毎月講演の依頼をいただき、北は北海道から西は大阪泉佐野まであちこちおじゃまさせていただいております。


今週は東京と大阪で企業向けの防災に関する個別の相談会の実施を呼びかけたところ、東京で16件、大阪で8件もお申込みをいただきました。大阪の相談会は、木曜日の夜移動して、朝から淀屋橋で夕方までぴっちり予約が入っています。


5月以降の予定は取り急ぎ防災に関する本とサバイバルに関する本を執筆するので、講演の予定は10月の泉佐野までありません。

でも8月には石川県能登半島の突端の珠洲市で第17回日本ジャンボリーが開催されます。

今回も輸送部のスタッフとして奉仕させていただきます。

4月7日、8日に現地入りしてきましたので、その際撮った写真をアップしますね。


まずはのと鉄道の廃線となった旧蛸島駅の桜です。

108蛸島駅の桜2.jpg


106蛸島駅の桜3.jpg

蛸島駅から数百メートル離れたところに留置された気動車は、朽ち果てるに任されています!

過去の栄光を桜の花が讃えているように見えます。

102留置さけた気動車と桜.jpg


隙間時間をみつけて早朝に禄剛崎の灯台までいってご来光を拝んできました。

103灯台の日の出9.jpg

104灯台の日の出8.jpg105灯台の日の出6.jpg


さてさてお天気は良かったように見えますが、30分ごとにコロコロ変わるお天気、大変寒かったです。

一夜の宿をお借りした民宿才門さんからの風景です。

109才門からの桜2.jpg


最後にジャンボリーの会場となる鉢ケ崎は桜満開でした。

101鉢ケ崎の桜.jpg


最後になりましたが、皆様方のご参加お待ちしております(^_-)/

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東京湾要塞の一翼をになう『厠』の謎 [煉瓦研究ネットワーク東京]

31十勝監獄.jpg◆ 近況

おかげさまで、昨年より月1回ペースで講演等させていただいております。

今年に入り、1月に豊中市で一般市民向けの防災・減災についての講演会を、2月には帯広で企業向けにリスクマネジメントに関するお話しをさせていただきました。帯広の講演は、ちょうど12月に政府が『千島海溝大地震切迫』との発表の後ということもあり、多くの経営者の方々に熱心にお聞きいただきました。

左の写真は、帯広に行ったときに、十勝監獄の石油庫跡を見てきた時のものです。公園の中にあるのですが、人が立ち入らないところは腰高まで雪が積もっていて、ラッセルしながら撮ってきました。

 

3月は23日と24日に泉佐野市で、災害時に如何に生き延びるのかという観点からのサバイバル講座第2回、第3回をやらせていただきます。

第1回は昨年の夏に『水の確保』という観点から、飲料水などの確保が如何に難しいか、そして熱中症予防についてお話しをさせていただきましたが、第2回は『体温の保持』ということで、本当はもっと寒い時期にやりたかったのですが、日程が合わず春休みになってしまいました。

第3回は『食の確保』ということで、皆さんで屋外に飛び出して、野草を積んできて料理を作ります。どうですか、面白そうでしょう♪

さらに24日にはなんと『折り紙教室』合わせてやらせていただきますので、それも含めれば3月の泉佐野市さんでのお話しは3本建てとなります。

 

4月には東京と大阪で、企業向けに災害対策に関する個別相談会を、やらせていただくことになりました。大阪は4月20日金曜日にお邪魔します。

そうそう4月には、金沢にもお邪魔します。今年の夏に能登半島の突端にある珠洲市で第17回の日本ジャンボリーがありますが、その準備や現地との調整等で金沢入りします。

4月8日は@くまらさん、よろしくお願いします(^_-)☆!!

いまのところ5月以降の講演などの予定は入っておりません。

日程があえばどこにでも・・・行ければ・・・おじゃましますよ!!

皆様方からお声がかかるのを、首を長くしてお待ちしております。


今日の本題は『厠』です。今どきの若い方は『厠』といっても判らないでしょうね。

『厠』とは奈良時代からその用例があるようで、昔は水の流れの上に掛け渡して用をたす場所を作ったことから『川屋』が『厠』になったという説があります。中世の貴族の家の『厠』は常に用を足したものが落ちる場所には水を流していたということですから、水洗トイレだったのですね。

また、字を見ると何となくイメージができると思いますが、近世まで日本のトイレは母屋に隣接した外に設けることが一般的であったことから、『側屋(かわや)』が厠になったという説もあります。

 

なんでまたその『厠』が???

そう、今回もまた『煉瓦』ちゃんのお話しです。

昨年3月にも泉佐野市さんで講演をさせていただいた際、友ヶ島に渡ったことは既にお知らせ済みですが、その時に友ヶ島の隣の虎島にある堡塁を探訪したときに、煉瓦造の厠の遺構が比較的良い状態で残っていたことが、事の始まりです。このときすっかり『厠』のとりこになってしまったのでした!!

そんな『厠』が、虎島まで行かなくても、なんと横須賀にもあるということを聴きつけた僕は、行きたくて行きたくてしょうがなかったのですが、ようやく2月の初めにソネブロきっての刻印ハンター@ちょいのりさんをさそって横須賀は観音崎砲台へと向かったのでした。

でも実は観音崎砲台に行く前に寄った千代ケ崎砲台の方がメインになってしまったのは、ご愛嬌。

11千代ケ崎.jpg

上の写真は、千代ケ崎砲台の棲息掩蔽部と砲側弾薬庫の隧道。

右上に小さな煉瓦アーチの入り口がありますが、ここに入ると、奥で右に折れ、突き当りにある換気口をなんと各種の刻印のある耐火煉瓦で埋められています。・・・誰がやったのかなぁ・・・なんで埋めたのかなぁ・・・

おっと、話しを元に戻して、それでは『厠』のお話しのはじまりはじまり♪


◆虎島堡塁附属施設の厠

虎島堡塁は、紀淡海峡に侵入してくる外敵から商都大阪を守る為に築かれた由良要塞を構成する砲台の一つだ。隣接する友ヶ島においては、第3、第4砲台には、将校用の家屋が残っていることから、そこには『便所』があったものと推測できる。その他は、第5砲台入口に立っている門柱を入ると、すぐ左手に厠のようなそれらしい煉瓦造一部木造瓦葺の建物があるが、それが『厠』かどうかは未確認である。3月にも友ヶ島に行く予定なので、ぜひとも確認してみたい。それ以外には当時の『厠』の遺構は知る限り見当たらない。

21虎島軍道.jpg


写真は、友が島から虎島を見たところ。

明治時代に造られた軍道は台風で中央部分が破壊され、今では干潮時に崩れた瓦礫の上を伝って渡るしかない。

虎島堡塁は明治28年10月に着工し、明治30年2月に竣工している。友が島からこの軍道を渡って虎島に入ると左手から山に続く道がある。九十九折の道を登ること10分くらいで堡塁入口の煉瓦造りの門柱に行き当たる。

厠は、その手前右手に半ば雑草に埋もれるように立っていた。明治27年5月に改定された『砲台建築仕法通則』に則って建てられている(近代築城遺跡研究会編由良要塞 Ⅰ 95ベージ)ことから、虎島堡塁の建設時に付属施設として造られたと考えていいだろう。煉瓦積みはオランダ積みだ。

屋根は完全に落ちているものの、梁等の木材の破片や瓦の破片が残されていることから、屋根は瓦葺だったようだ。次の写真は、小用側から大用を見たところだ。上部に梁の一部が残っている。

23虎島厠1.jpg

 

25虎島厠3.jpg

出入り口は前後に2か所、アーチづくりの入り口があり、中に入ると、海側に小用スペースとなっており、目の高さの位置は煉瓦を抜積みしていて、市松模様に小窓が開いている。山側には大用があり、おそらく便壺の上あたりに汲み取り用の四角い窓が開き、顔の高さくらいの場所に十字に抜積みの窓が開いている。汲み取り窓の数から、大用には4つの個室があったことが分かる。

次の写真は、大用から小用の方を見たところ。

24虎島厠2.jpg

抜積み部分には十数個の刻印が確認できる。これは堺煉瓦の刻印だ。

32虎島厠刻印1.jpg

 

33虎島厠刻印2.jpg

外には、手を洗う場所なのだろうか、コンクリート製の台があるが、貴重な水は雨水を溜めていたのだろう。このすぐそばに監守衛舎の遺構と推測する土台のみの遺構があるが、ここにはコンクリート造りの濾過・貯水槽が見られた。


26虎島厠5.jpg
次の写真が、監守衛舎跡の脇にある雨水などを集めて飲料水にするためのろ過水槽である。

22虎島浄水施設.jpg


◆観音崎砲台の厠

観音崎に行く前に色々調べたが、厠に関する資料は前掲『近代築城遺跡研究会編由良要塞』に取り上げられているものしか見つからなかった。

同書では、明治24年9月に陸軍大臣に提出された『砲台附属厠建築之件』において、「東京湾防御砲台の中で厠があるのは第一海堡のみで、観音崎砲台に2か所、米ヶ浜砲台に1か所厠を建設する必要がある」と述べていることから、観音崎の厠は明治24年以降のものだろうと推測している。この文献は、最後に私なりに解読したものを載せているので、もし違っていればご教授願いたい。

10指令案.jpg

現地に赴くと近くの駐車場に車を止めて、徒歩で目指した。

高さ2m位のほぼ垂直な石垣をよじ登ると、鬱蒼とした雑木林の中をやぶ漕ぎしながら進む。小さな谷戸を登っていくと、それは突然現れた。

1観音崎第一厠.jpg

谷戸に平行するように配置され、谷川と山側にアーチ状の入り口が開いている。

虎島の厠は通路を中心に配し、左右に小用と大用を設けていたが、ここは片側に大用のみ設けているため、入口は谷から向かって右側にオフセットされている。

2観音崎第一厠.jpg

ぐるっと周囲を回ると、山川の入り口の壁は上部が崩れているものの、屋根の梁材や瓦は見つからなかった。

虎島の厠と同じく大用の壁には十字の抜積み窓が開いているが虎島のものとは異なり、上部に煉瓦を5個使用して小アーチを造って装飾している。


そして何よりも驚いたのは、フランス積みなのである。要塞建築における煉瓦積みは、明治20年以降はイギリス積み、あるいはオランダ積みへと変化している。

積み方といい、十字の抜積み窓の手の込んだ小アーチといい、明らかに明治10年代の建築と思われる。

使用されている煉瓦を観察すると、小菅集治監の桜の刻印が多くみられる。

3観音崎第一厠.jpg

続いて向かったもう一つの厠も、雑木林をやぶ漕ぎしていくと、小さな谷戸に今度は直角に交わるように立っていた。

残念ながら、荒廃は進み、山側の壁と左右の出入り口の一部の壁を残して谷側の壁は谷に向かって倒れている。次の写真は山側から残っている壁を撮ったのだが、後ろに木などがあり、下がることができず、超広角で撮影している。

9観音崎第二厠.jpg

 次の写真は、谷側から山側に残った壁を望んだところ。最初の厠と違い、内側にモルタルが塗られている点だ。

8観音崎第二厠.jpg

最初に見たものと全く同じ構造で、谷側に通路を配し、山側に大用の個室を設けて、下には汲み取り用の窓が、上には十字の抜積み窓があいていて、小アーチで装飾されている。こちらも明らかに明治10年代の造りと思われる。次の写真は、左手が山側で、右手の壁が切れている部分にアーチ状の入り口があった。

7観音崎第二厠.jpg

この2か所の厠から一番近いのが旧第3砲台だ。旧第3砲台は、明治15年に着工されており、砲側弾薬庫や通路などはフランス積みで造られていることから、旧第3砲台の附属施設として同時期に建てられたとすれば、辻褄は合う。次の写真は観音崎旧第三砲台である。

4観音崎旧第三砲台.jpg
5観音崎旧第三砲台.jpg

上の写真は、砲側弾薬庫から旧第三砲台へと続く隧道で、おそらくここから弾薬をあげたものと思われる。

さて、本当に東京湾防御砲台・・・後の東京湾要塞に、明治24年当時第一海堡にしか厠はなかったのだろうか?

その当時存在した猿島砲台に、たしか厠の遺構があったはずだ。

帰宅後過去に猿島砲台を訪れた時の資料をひも解くと、浜から切通しを上っていくと、切通しの中ほどに右に弾薬庫、左手に厠跡があった。

ところが右手の弾薬庫はフランス積みであるが、左手の厠の壁は写真で見る限りオランダ積みで積まれていて、明らかに築造年代か違う。おそらく厠は、明治20年代以降に造られたものなのだろう。

この不整合の謎を如何に解き明かすのか、この謎解きが面白くて煉瓦探訪は止められない。



以下文献を打ち直してみたものだ


工第一00号

受領番号伍第六四一号

庁名 工兵第一方面

件名 砲台附属厠建設の件

提出 二十四年九月一日

指令案

伺の通

 

砲台附属厠建設の義に付き伺

一金五百三十一円四十八銭 厠三か所建設費

 メ

東京湾防御砲台期成の分にして厠の設あるは目下第一海堡のみにして他砲台に在りては未だ其の設無の右は有事の際適宜其場所を見計らい仮厠建設可致見込に有これ●●観音崎及び米ヶ浜両方台の如きは要塞砲兵演習の為め多数の兵員出入り致し候に付き平索と●●厠の設置必要に付観音崎砲台内に二か所 米ヶ浜砲台内に一か所適宜場所を選定し別紙説計及び図面の如くに建設致し度右費用取調候処本行の金額を可要候御許可の上は本年東京湾要塞砲台建設費の内より支弁致候因て別紙調査図書○添此の段御伺候也

 明治二十四年八月一三日

   工兵第一方面提理佐々木直前

陸軍大臣子爵髙嶋勤之助殿

 

千代ケ崎砲台のことも書き記そうとしたのだが、これだけでかなり長くなってしまったので、千代ケ崎砲台のことは、また日を改めたい。

 

12千代ケ崎.jpg





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謹賀新年 [日常の中の出来事]

皆様、あけましておめでとうございます。
旧年中はあまりアップもせず、皆様方のところになかなかおじゃまできないのに、多くの方に応援いただき、本当にありがとうございました。
本年もよろしくお願いいたします。

ここのところの忙しさは、月に一回休めればいい方で、毎朝4時25分に家をでて、帰宅するのは21時を越える生活が続いていますが、貴重なお休みの日には、しっかりリフレッシュさせていただいております。

年末には雪の霧降高原を抜けて、奥鬼怒の山の中に湯治に行ってきました。
次のyoutubeのリンクは、keymission360で撮影した360度動画です。
一部の環境のPCなどでは360度に見えない方もいらっしゃると思いますが、360度を楽しめる環境にある方は、進行方向左手に広がる雄大なパノラマの風景をお楽しみください。




今回の旅のお供はWrangler JK くんです。
米国ブリジストンで作られているブリザック最大のタイヤに履き替えて行きましたが、持てる性能を最大限生かしてくれました。

日光市までは晴れていましたが、霧降高原あたりから雪雲の中に入り、駐車場に到着した時には雪がシンシンと降り続いていました。

雪に埋もれたJK.jpg

山を降りて止めていた駐車場に戻ると、この通り雪を被っています。

雪景色.jpg

こんな雪景色を愛でながら、のんびり過ごさせていただきました。
さてさて今年も3月まで4本の講演のご依頼をいただいております。
1月12日金曜日には豊中市で講演させていただくことは、前回の記事でお知らせしましたが、お近くの方はお時間が合えば、おいでください。

今年は講演に、執筆にと忙しくなりそうです。
執筆は、企業向けの災害対策の本、サバイバルの本、そして共著になりますが、煉瓦研究に関する本を出版することになりました。
ますます記事を書く時間が・・・・
加えて今夏珠洲市で行われるジャンボリーのスタッフ業務があります。
Facebook や instagram には毎日投稿していますので、よろしければご覧ください。


最後になりましたが、皆様方のご健康とご多幸をお祈りいたします。


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豊中市で防災の講演します(^^)/ そして最近の近況 [防災・減災シリーズ]

前回の記事アップから一か月以上たちましたが、未だniceを頂いた方、コメントを頂いた方の訪問が終わりきらず次の記事をアップするのは忸怩たる思いがするのですが、生存証明のためにもアップさせていただきます。


☆彡豊中市講演会

1月12日金曜日に豊中市で防災に関する講演をさせていただきます。
豊中市さんの青少年育成事業の一環として地元ボーイスカウトが主催して行うものです。

◆日時 1月12日金曜日 19時から

◆場所 豊中市福祉会館 阪急宝塚線 岡町駅下車

参加には会場の都合からお申込みか必要となります。
詳しくは以下のチラシをご覧ください。
(実際に配布されているチラシに個人情報満載だったため、ちょっと手を加えさせていただきました。)


いざという時に身を守る術(すべ)にはいろいろなトリビアがあります。
例えば「地震の時に身を守るために机の下に潜り込め」・・・これは基本は「[×]」です。
(もちろ最後の手段として身を守るために潜り込むことは否定しません。)
なぜ???・・・その答えを知りたい方はぜひともお越しください。


2017.12.10ブログ用チラシ.jpg



☆彡体感気温

すっかり寒さが増してきまて、真冬の様相になってきましたね。
毎朝4時25分に家を出発するのですが、気温は0度を切ることもあります。
毎朝ウェザーニュースでいただいた「ウェザービーコン」で気象状況を観測しながら駅まであるくのですが、気温が「0度」と表示されても「嘘だろう、こんなに寒いんだから氷点下じゃない!?」などと思うことが度々あります。

一般的には、体感気温は「風速」、「湿度」、「日照量」、「服装」、「性別」、「代謝量」、「健康状態」などによって変化します。
例えば風速が1m強くなると、体感気温は1度下がります。

そこで、気温ってどんな要件で変化するのかちょっと調べてみました。

◆標高の変化 標高が100m変化すると、気温は0.6度変化します

◆緯度の変化 緯度が1度変化すると気温は1度変わります
       日本界隈で緯度1度というと、約111のkmに相当します→100km北に移動すると約1度気温が下がるということですね


☆彡近況

ここのところおかげさまであちこちで講演させていただいております。
ちなみに10月にはUR都市機構さんのイベントで講演を、12月には大手企業さんのグループのイベントで基調講演を、さらに某所で社内向け勉強会で講師をさせていただきました。


実は10月の講演は「防災」に関するお話しではなく、いわゆる「ライフプランの立て方」なるお話しをさせていただきました。退職金をどう受け取ると得になるか、老後の生活はどう考えればよいか・・・などですが、私の柄には合いませんね・・・といってもこれも本業のひとつですから。
ライフプランセミナーのお話しの導入はなんと「防災」に関することでした。
豊かな老後を送るためには、いざという時の災害に添えなければならないというオチです。


年が明けると、1月12日には上記の豊中市での講演を、2月5日月曜日には帯広で防災の講演を、3月23日、24日には泉佐野市でサバイバル教室をさせていただきます。
皆様のところにもご要望があればお伺いしますので、お気軽にお声がけください。


最後にWillys M38くんの近況をお伝えします。
「男の隠れ家12月号」でも紹介されたので、ご覧になられた方も多いことと思いますが、12月3日に谷保天満宮で開催された旧車祭での写真です。


2017.12.17 M38 2.JPG


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◆オフ会のお知らせ ◆大阪遠征記 [煉瓦研究ネットワーク東京]

前回更新から1か月以上経過してしまいましたが、まだコメントやniceを頂いた方のところに訪問が済んでいないため、アップするのは如何なものかと思いつつ、大阪のオフ会にも参加させていただきましたので、ここで一度更新しておこうと思います。


◆オフ会のお知らせ

いきなりですが、11月28日火曜日に金沢のブロガーくまらさんが上京されるのに合わせて、オフ会を開催させていただきます。

場所は未定ですが、新橋か上野界隈で19時からやらせていただければと考えています。

ご参加いただける方は、左上のメールフォームから11月12日までにご連絡いただければと思います。


◆大阪遠征

10月27日大阪は淀屋橋で防災に関する企業向けの個別相談会を開催しました。10時から5社の予約を頂き夕方までぴっちりとお話しをさせていただきました。最近月1~2回ほど講演をさせていただき、そこそこ忙しく、また楽しいひと時を過ごしております。

当日朝は、東京駅始発ののぞみ1号で大阪に向かい、新大阪には8時20分に到着。10時からの個別相談会にはまだ時間があると思い、その前に一仕事・・・大坂城にほど近い玉造稲荷神社にお邪魔しました。

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大坂城三の丸に位置し、大坂城の鎮守社として豊臣家から篤い崇拝を受けた由緒ある神社です。

ここはまた、縁結びでも有名でも有名ですね。

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しかし今回の目的はこちら!!

神社西側に煉瓦塀が残っています。

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ざっと外観を観察すると、長手積みで積まれていて、神社側はコンクリートで表面が塗られているため、煉瓦塀であることが判りません。

神社外側に回ると、この通りで目地の仕上げもなく、人目に触れることを想定していないような雑な造りになっています。

次の写真を見ると、煉瓦の長手に縦に縞模様が付いている煉瓦がたくさんあるのがお判りでしょうか?

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これは、焼くときに窯の中に煉瓦を積み上げて並べたためにできた痕です。

煉瓦の大きさは、東京煉瓦(後の標準的なサイズ)よりやや大きめの山陽煉瓦が使われていることから明治半ばくらいまでに焼かれた煉瓦かと思います。

宮司さんは、「本殿は明治4年に建て替えられているので、その時に造られたものかもしれない。」と仰っていましたが、それよりも後の時代だと思います。

地域の歴史を調べると明治42年7月に大阪北部を中心に1.2㎢が焼失してしまった「キタの大火」があったことから、防火壁として煉瓦塀を築いたとも考えられるのではないでしょうか。
ただ、防火壁であるとするならば高さ1.5m程度しかないため、少し低いですね。


さてさて、わざわざここまで見に来たのには、理由があります。
Instagramにこの煉瓦塀をアップされたのを見て、刻印のことを伺ったところ、聞いたことのないものだったので、どうしても自分の目で確かめたくて見に来た次第です。

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これは、非常に珍しい刻印です。
上部中央に右から『大日本』と記されていて、中ほどには左から『BC』に続いて中央に長方形の棒を三本、三角形に配しています。そしてその右側には『HJ』と記されています。

刻印のあるところは、全体的にすり鉢状に掘り下げられていて、左右には直径1.5cm程度の円形が2個づつあります。外側が凹、内側は凸のように見えますね。

この円形は、あたかもプラスチック製品を成形するときの原料を注入するランナーのようです。
まさか煉瓦製造で、プラスチック成型のように粘土を型枠に射出成型したとは思えませんが。
詳細は現在調査中です。何かわかれば、またご報告させていただきます。


気が付くとなんと10時からの相談会に、もう30分切っているではありませんか。
いったいここから淀屋橋までどうやって行くんだ?????
公共交通機関では30分では着かないようだったので、タクシーのお世話になりました。

無事相談会が終わり、オフ会まで時間があったので、今度は天満橋まで移動して、大阪城公園へと向かいました。

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大坂城は、夕日に映えて黄金に輝いています。天満橋から大坂城を目指して正解でした(^^)
・・・が、大坂城を見に来たわけではありません。

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大坂城は明治以降大阪砲兵工廠のあった場所で、その遺構がいくつか残っています。

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しかしゆっくり見ているまもなく日はどんどん暮れていき、オフ会の時間が迫ってきたため、途中でオフ会の会場へと移動です。

台風22号が近づいているとは思えない素敵な夕焼けを愛でながら、歩みを早めました。

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オフ会は、心斎橋にあるイタリアンのお店!!
いやー、おいしいものを囲んで、楽しいお話しで盛り上がり、あっという間に時間は過ぎていきます。

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参加された皆様から素敵なお土産をたくさんいただきました。
ありがとうございました。

翌日は、当初泉佐野でサバイバルセミナーをやらせていただく予定だったのですが、学校が登校日になってしまったため、延期となりました。
そこで来年1月に豊中市でやらせていただく防災の講演の打ち合わせに向かいました。
その途中こんなところでお参り!

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もうお分かりですね。
お初天神・・・なんとここも縁結びで有名な天神様です。

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今回の大阪遠征では、縁結びの神様のはしごをさせていただきました。

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さてさて最後になりましたが、27日に発売になった『男の隠れ家12月号』にちょこっと取り上げていただきました。よろしかったら、本屋さんで立ち読みしてみてください。
ジープが大好き! 理屈ではありません(^^)

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